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福岡高等裁判所 昭和36年(ネ)339号 判決 1961年11月29日

控訴人 ふこく絹綿有限会社

被控訴人 株式会社松本繊維工業所

主文

原判決を取消す

被控訴人の請求を棄却する

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却するとの判決を求め、請求の趣旨を変更して控訴人は被控訴人に対し金二十五万一千二百六十円及これに対する債権差押並びに取立命令正本の送達の翌日たる昭和三十三年九月二十一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払えとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は控訴代理人において立証として当審における証人古賀新吉の証言を援用すると述べたほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

成立に争のない甲第三号証によれば被控訴会社が訴外古賀製綿株式会社(以下古賀製綿という)に対し昭和三十三年六月二十日の貸付で第一回分割弁済期同年七月末日、最終分割弁済期昭和三十四年二月末日とする金二十五万円の貸金債権を有し、右債権につき右貸付日に公正証書が作成せられたことが認められる。

被控訴人は古賀製綿が控訴人に対し昭和三十三年一月二十三日付物品売買による代金五十六万円、弁済期同年七月末日とする売掛代金債権を有していると主張し、控訴人はこれを争い甲第二号証(商品売渡契約書)は古賀製綿の清算人八巻清泰が控訴人に無断で控訴会社代表者の印鑑を冒用して作成したものであると主張するのでこの点について判断すると、原審における控訴会社代表者本人古賀洋輔の尋問の結果中には控訴人の右主張に副う部分があるが、これは措信し難く、却つて甲第二号証中印影につき当事者間争がない事実に原審証人八巻清泰の証言を綜合すれば、甲第二号証は真正に作成せられたものであることが認められる。そこで右甲第二号証によると古賀製綿は控訴人に対し被控訴人主張の如き物品の売掛債権を有していることが認められる。

而して被控訴人が古賀製綿に対する前記公正証書に基いて貸金二十五万円と執行費用一千二百六十円合計二十五万一千二百六十円を執行債権とし、古賀製綿の控訴人に対する前記五十六万円の物品売掛債権に対し、福岡地方裁判所柳川支部より債権差押並びに取立命令を受け、該命令正本が昭和三十三年九月二十日債務者たる古賀製綿及び第三債務者たる控訴人にそれぞれ送達されたことは当事者間争がない。ところで郵便官署の作成部分について争がないので真正に成立したものと推認し得る乙第一、二号証の各一、成立に争のない乙第一号証の各二に原審証人川島巖(第一、二回)同林光三郎(第一、二回)、同野田清蔵の各証言を綜合すると、前記債権差押並びに取立命令送達前に古賀製綿は事実上清算状態にあり、寝具商林光三郎に対し買掛債務金二十万八千四百二十五円、農業野田清蔵に対し借用金五万円及これに対する利息三千二百六円計五万三千二百六円の各債務を負担していたところ、控訴人が古賀製綿に代り右両名に対し被控訴人主張の如くそれぞれ代位弁済をなしたので右両名は昭和三十四年十二月十五日確定日付のある証書を以て古賀製綿に対し「控訴人より弁済を受けたので爾後控訴人に右債務の支払をなすべき」旨通知をなしたことが認められる。

控訴人は前記の如く林、野田等に対し古賀製綿の債務合計金二十六万一千六百三十一円を代位弁済したので右両名に代位し、被控訴人に対し右金額の債権を以て対等額で相殺すると主張するのでこの相殺の抗弁について判断する。前記の如く林、野田等が債務者たる古賀製綿に対し控訴人より代位弁済を受けたる旨の通知をなしたのが昭和三十四年十二月十五日であるのでこの時から控訴人は古賀製綿に対し右代位弁済によつて取得した林、野田等の前記債権を主張し得る立場に立つたわけであるが、この時既に被控訴人の申請に基く債権差押並に取立命令が第三債務者たる控訴人に送達されていた(送達は前記の如く昭和三十三年九月二十日である)のであるから民法第五一一条の法意により控訴人は右取得した債権による相殺を以て差押債権者たる被控訴人に対抗し得ないのである。よつて控訴人の前記相殺の抗弁は採用できない。

次に控訴人の予備的抗弁たる事務管理による費用償還請求権を以てする相殺の抗弁について判断する。被控訴人は控訴会社が古賀製綿のため林、野田等に代位弁済したのは控訴会社自身の取引継続のため、即ち控訴会社自身の利益のためであつたのであるから事務管理の成立の余地はないと主張する。成程原審における控訴会社代表者本人古賀洋輔の尋問の結果によれば、控訴会社が前記の如く林、野田等に代位弁済したのは控訴会社の得意先を確保しておきたい意図であつたことは認められるが、同尋問の結果によつて明らかな如く古賀製綿の代表者と控訴会社の代表者とは親子の関係にあるので控訴会社の代表者としても古賀製綿の債務減少には無関心ではおられなかつたであろうし、控訴会社の前記代位弁済はその弁済額だけ古賀製綿の債務が減ずることになるので古賀製綿の利益となるわけである。結局控訴会社の前記代位弁済は古賀製綿の利益を図る意思と同時に控訴会社自身の利益を図る意思の下になされたものということができる。このように他人の事務を処理するに当り他人の利益を図る意思と自己の利益を図る意思とが併存しても事務管理の成立には妨げとはならないので控訴会社の前記代位弁済は古賀製綿のため事務管理となり、控訴会社は林、野田等に代位弁済の都度(林光三郎に対する代位弁済の最終日は昭和三十三年七月十六日、野田清蔵に対する代位弁済の日は同年七月十七日である)古賀製綿に対し代位弁済額に相当する有益費償還請求権を取得し、その総額は金二十六万一千六百三十一円となる。そして控訴人の右有益費償還請求権は被控訴人の申請に係る債権差押命令が第三債務者たる控訴人に送達せられる以前既に控訴人においてこれを取得していたのであるから民法第五一一条の法意により控訴人は右有益費償還請求権による相殺を以て差押債権者たる被控訴人に対抗し得る訳である。而して取立命令の対象となつている古賀製綿の控訴人に対する売掛代金債権の弁済期は前記の如く昭和三十三年七月末日であるので被控訴人の取立命令による本訴請求債権と控訴人の前記有益費償還請求権とは昭和三十三年七月末日相殺適状となり、本件記録によれば控訴人が昭和三十五年十月二十五日午前十時の本件第十二回の口頭弁論期日において相殺の意思表示をなしたことが明らかであるので前記相殺適状の時に遡り控訴人の債務は消滅の効果を生じた訳で、控訴人の前記相殺の抗弁は理由がある。

よつて被控訴人の本訴請求は理由がないのでこれを棄却すべく、これと結論を異にした原判決は取消を免かれない。結局本件控訴は理由があり、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 中園原一 厚地政信 原田一隆)

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